２０１６年皐月

　
　菜種が実って莢が乾いてきているのに、五月晴れもあと僅か
そんな畑の様子に
ふと思いだすのは、故郷の幼友達の家に遊びに行った時の事
あれはいつだったのだろうか 誰の家の畑だったろうか
何回も思いだすから、まるで夢の中だったようにも思うのは
特定できない朧な記憶になっています
埃っぽい乾いたトラクターの荷台、積み重なった乾いた茎の上を跳びはねて
アルミの薬缶の蓋を飛び出た穴を指で塞ぎ飲んだ水
子どもながらに、充分に体を動かし作業の手伝いを楽しんだ爽快さを
お駄賃を渡されて
それがために、どこか不愉快さになってしまった思い
ただただ、働くということ　そこにお金がやってくるのか
それは、父にも仕事がなく母も不在になった
もしかしたら、私の次の弟妹が存在する可能性があったかもしれなかった
それが、朧な記憶の帷の向こうにいったように
母の病室の中の記憶が次にやってくる
故郷の人は、その我が家の事も知っての事だったのかと
大人の理由が、子供の駄賃になって
暇を潰しに行った友達の家の手伝いは
五月晴れの埃っぽさは、故郷の人の掌の中の貨幣だけに焦点があたって
他の一つひとつは朦朧にしていった
いったいいつの事だったろうか、誰の家の畑だったろうか
我が家には、働くことがお金になると言う事は結びついて考えなかった
それでも過ごしていた
お父さんの仕事は、お金にしたら何億もの仕事をしているのよ
母は、私にそう教えてくれた
それは真実だったのです
本を読み、大きな声で話をし、時に家に姿がなくても
山の中の寺を家とするものには、当たり前だったのです
その庫裏にあった父と母の秘密の筺
そこから通じた道が続いていく先は
幼友達の家は、山を下りていく別世界
そこでは、お金が働く事の意味だったのだと
いったいどれほどの菜種が跳びはねた下に落ちたのか
それは、大人一人の労働ではなかったにしても
手だすけにはなったのだから、そこで遊ぶことをあてがわれ
地域の困窮はお互い様
孤高の寺へのお布施でもなく
子どもの駄賃で支払われ　
ありがとうの言えなかった、不本意の記憶が残り


　ああ、場面場面を切り貼りすれば
大人の理由の中に子供は遊び
子供を失くした、母の思いは、病室の空気と一緒に私も被り
末娘を失くした年の五月は、故郷の近くまで行く機会があり
様々なことを思い合せ、私は菜種の莢を気に掛けるのです


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