　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　開きなおって主張
　―三人での"共同生活〟というのは、具体的に……
大仏　ただ生きているだけですよ。生きていると言っても、「青い芝の会」はすでにやってい
るし、施設から来たのは一人だけで、そいつが"裏切者〟第一号だけど、その三人は早い段階で
消えちゃったかな。
　―"重度〟の方ですか。
大仏　今、うちの会で「障害者等級」の改定について厚生省に意見を出しているんだけど、それ
は、「脳性マヒにはこういう特徴があるから、改定に際しては考慮してくれ」というものなのだ
が、うちの会の正式決定ではないが、「等級全廃論」が出ている。「脳性マヒの手帳だけでいい。
一級、二級はいらない」という意見があって、これをうちの方でまとめ、本部に出して、全国的
にこの意見にまとめ、厚生省に申入れたらいいんじゃないかと思っている。脳性マヒは"重度〟
とか"軽度〟とか言えないわけです。
　ちょっと、"軽度〟のようにみえても、脳がやられているから、歩けそうでも何かひょろひょろ
していて歩けない。手も使えないかというと使えるんだが本当には使えないとか、ことばも聞い
ていればわからないこともないけど、やっぱりしゃべっているうちにはいらないとか、目の障害は
少ないんだけど、目に出てくる人もいるし、知能に出てくる人もいる。知能に出てこないとしても、
やっぱり欠陥があるんですよ。
　これはぼくの知っている埼玉県のあるエライ人で、全然歩けない。キリスト教の牧師さんをやっ
ている学者で、翻訳もやるし、本も出している。この人が車を買ったというので、熊谷や深谷など
をグルグルまわった。その時、四ツ角に入って、どっちへ曲がっていいのかわからない。キリスト
教会はとんがった屋根に十字架があって、遠くからみてもわかるはずだったのに、わかんないんで
す。おそらく、その人は家の前まで連れて行ってもわからないんじゃないかな。その人にとって、
"家〟とは畳であり、天井であり、床の間であるわけです。ぼくたちが遠くから帰ってきて"家〟と
いうのは、子どもの声が聞こえるとか、灯りがついたとかいう感じでしょう。だから外からみたこ
とないというんです。自分の家の目の前に連れていってもわかんないんだな。
　わかるとかわからないとかいうのはどういうことかというと、その人のところへ、ある出版社の
人が原稿を取りにきて、「深谷の駅に着いたんですが、先生のお宅へはどう行ったらいいんでしょ
うか」という電話が入った。「あ、講談社の方ですか、講談社は小石川の音羽にあります」「いや、
深谷まで来ているんです」「深谷ですか、深谷は上野から高崎線にのってくるといいんです」とか
やっている。つまり、方向とか距離感覚が全然ない。それでぼくが、駅まで行って乗せてきたんです。
自分で歩いたことがないでしょう。たとえば、ぼくたちだと、一㌔なら歩けるが、二㌔はしんどいと
か、１００㍍走れば、汗が出たり、息が荒くなることは理屈でなく知っているが、彼は、それを知ら
ない。それからぼくたちが知っている東西南北も、そういうことなんですよ。自分の行動・労働の
集積を通して世界をとらえているんですよ。だから歩いたことのない人間には、やはり、方向とか
距離は出てこないわけです。決してバカな人ではないんですが、こと方向とか距離に関してはまったく
バカみたいなんです。
　ぼくたちが生きているのは人間的感覚が基礎でしょう。人間環境をつくるこころなども、生まれて
この方訓練して育ててきたわけですよ。こういうものは、最初からあったわけではないんですよ。
わかるかわからないかというのはそういうことなんです。だから、家の中へ閉じ込められっきりで
育った人間にとって、知能とはいったい何なのかということですよ。頭が悪いとは言えないけど、ど
こか欠けているところが出てくるのは当然でしょうね。うちの会の原則は、そのへんてこなまま開き
直って主張していこうじゃないかということなんです。「合理的な、誰が聞いても納得するようなこ
とは注意しなくてけっこうだ。へんちくりんなのでけっこうだ」というのが会の立場なんです。「疎外
された」と言うよりも、スポイルされているわけですからね。では、なぜ、スポイルされなければなら
なかったかを考えると、やっぱり、今の世の中が労働中心・生産中心で、労働ができないものは人間
でない。そういう文明のなかで、親だって、自分自身だって、そう考えちゃう。親や社会がそう考える
と同じように、自分自身もそう考えちゃう。それが社会との軋轢をよりいっそう大きくしているわけだ。
「思いきって、へんてこりんなことを晒して生きていこうじゃないか」というのが会の中にある。

　　
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