　この唯識論(新プラトン主義・グノーシス）が中国に入り智(旧字)chi yi によって、
『まさに知るべし、若しくは識もしくは色(物質存在)皆これ唯識（唯物）なり、若し
くは識もしくは色、皆これ唯識（唯心）なり四念処巻四』と逆転される。
　すべての物質的存在（色・世界）が意識（心）で成立するのなら、識（心）は色
（物質存在）であり、色は識である。つまり意識は物質存在と云うことであり物質
（下部構造）によって心（上部構造）は成立する、と云うことなのだ。これを智ギ（旧字）chi yi
の唯心論と云う。
　智ギ(旧字)chi yi の哲学は唯識論を逆転したものではあるが、それを素材として取り
入れ十界互具と云う独特なテーマを作る。
　十界とは、地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天、声聞、縁覚、菩薩、如来で、
人間は絶えずこの十界を経めぐると云う。腹がへっては餓鬼、レストランを見つけて
人心地、食べては天国、食って飲んでそこに美人のウェイトレスが来るとたちまち畜生
的感覚となり、料金を払う段階で地獄、割勘でもしようとすれば阿修羅、とても菩薩
や仏にゃ縁がない。
　しかし考えて見れば腹がへった段階で食べることも金を払うこともすべて原因して
る訳で、後になって気づくだけのことだ。一界の中に十界すべてはあるこれを十界
互具と云う。このことは如来にも地獄もあれば畜生もあると云うことだ。シッダールタ
（お釈迦様）だって人殺しもすれば盗みもする者なのだ。ただ彼は悟ることによって
如来となっただけ、逆に極悪人も仏なのだ！これが悪人正機説の源流であり、十界
互具の概略でその素材は新プラトン的なものだと云える。
　しかし智ギ(旧字)chi yi の弁証法の中心はナーガルジュナの中間論、いわゆる空の思想である。
空とは存在と非在のどちらでもあって、どちらでもないことで、存在と非在の同時に
あることに近い、固定的実体はないが明確に生きている。生成と消滅の同時存在と
云えばよいのだ、と云える。これは世界（自然）の実相でもある。これを智(旧字)chi yiは
空仮中の三つのカテゴリーで説明する、ヘーゲルの弁証法と似ているが反対の面もある。
　ヘーゲルの弁証法では、テーゼ（定）、アンチテーゼ（反）ジンテーゼ（綜）と
進むが、智ギ(旧字)chi yi の弁証法にあってはジンテーゼがなく、断絶があって、その断絶
そのものが相即であり統一であり断絶すればするほど、断絶しつくすことにこそ綜合がある。

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